『だってだっての おばあさん』刊行50周年
小学1年生の国語の教科書にも掲載され、たくさんの読者のみなさまに親しまれてきました。
こちらに佐野洋子の「あとがき」をご紹介します。
ある時、私、ある街にたった一人で住んでいたことがありました。初めてその街についた日は、クリスマスイヴでした。雪が降っていたのね。私の乗っていた車の前を白い狐が横切ってゆきました。クリスマスツリーがチカチカ光る庭が並んでいるうしろは林が黒ぐろと続いていました。私は長い旅の疲れで目をあけていられない程でした。それなのに、よく見られなかった程眠たかった、その雪の降る見知らぬ街は、私の記憶の中で、とても美しいままです。
次の日からは、もう眠くなくなった目をあけて、その街に住むことになりました。なんてたくさんおばあさんのいる街でしたでしょう。私の下宿のおばあさんは七十歳の元気で、時どきはつらつたる意地悪をする魅力的な人で、私はとても仲良しになりました。
おばあさんのお友だちは、たいがい全部、おばあさんなのね。訪ねてくるお友だちは、みんなおばあさんでした。手紙も来ます。もう二十年も会っていないわというお友だちもおばあさんね。台所の窓から裏庭を通して向こうの家の窓が見えます。
おばあさんが毎日同じ窓の側の椅子にすわって外を見ています。ちっとも動かないで、黒い洋服に白いえりで昨日と同じです。私は毎日、そのおばあさんがいつかは動くかしらとスチームの上にのっかって、かえるのようなかっこうで見ていたものでした。そしてしびれが切れて、郵便屋さんが来るころには、玄関が気になってしまいます。
私にとっては、あのおばあさんは額に入った絵と同じようになってしまいました。街へ行くとバスストップには、おばあさんがならんでいます。時どきは首の太い男の人がいたり、双子の子どもがいたりしましたけどね。首の太い男の人がいなくても、おばあさんがいないということはないのよ。
コーヒーショップに行くでしょ、ごってごての花のついた帽子が、花畑のように並んでいて、それみんなおばあさんがお茶のんでいるのね。
公園のベンチにおばあさんにはさまれて日なたぼっこをしたこともありました。道を歩いていたら、向こうから来た知らないおばあさんに急に握手されたこともありました。そしておばあさんは、ほとんどの人が一人で住んでいました。クリスマスになると雪の降る美しい街のたくさんのたくさんのおばあさんに、この絵本を贈りたいのです。でもこれ子どもの絵本でしょうって?
だって、おばあさんは一番たくさん子どもの心を持っているんですもの。
佐野洋子は1966年のクリスマス・イヴから1977年6月まで、ドイツのベルリンへ留学していました。
留学中に出会ったおばあさんたちのことが『私の猫たち許してほしい』などのエッセイにも書かれています。

