『あのひの音だよ おばあちゃん』刊行40周年
1982年に刊行された『あのひの音だよ おばあちゃん』は、
2022年に40周年を迎えます。
2007年12月に新装版が刊行されました。
佐野洋子の「あとがき」をご紹介します。

1982年9月 フレーベル幼年どうわ文庫 20 フレーベル館 刊
2022年に40周年を迎えます。
2007年12月に新装版が刊行されました。
佐野洋子の「あとがき」をご紹介します。
ある若いミュージシャンの幼年時代のはなしをきいた。
十才の少年は父親に「お客様にピアノをおきかせしなさい」と言われて、ジャズのレコードを低くかけ、ジャズに合わせてショパンを弾いた。
その見事なハーモニーに驚いているうちに、少年はショパンをバックにかけ、ジャズを弾いたという。
私ははなしだけで「ムー」と驚天(きょうてん)し、驚天のまま友人に話してきかせた。私には驚天を伝えることが出来るだけでもありがたいことだと恐れ入っていたのだ。
友人は「ウーン、フーン」と、しばし驚天し、「実に不愉快だ。ゆるせない。ほら努力してえらい事する人のことは、えらいね、よくがんばったね、私もがんばろうって、すなおに言えるから人類に希望を与える。でも、そういう人間を超えちゃった天才っているんだね。もうどうにもなんないから、実に不愉快だ。やだね。天才ってのは過去の人であって欲しい、過去の人ならば、それは人類の遺産であるからして、ありがたく尊敬する。でもそのへんに生きているってのはゆるせん」と言うのである。
私は自分が凡人であるのがしみじみ淋しくうれしいのである。
人のくらしはささやかなものである。そのささやかなものの中にしか幸せはない。
天才はなしえた仕事に大いなる満足があるのだろう、と凡人は考える。
そして凡人の想像力を持って、天才の孤独をおしはかる。これは凡人の思いあがりであるかも知れない。
佐野洋子



